「嫌なら来るな」はなぜNGか?答えられない人が気付いていない本当の理由

クレームを真摯に受け止めなければいけない理由をご存知でしょうか? そもそも、考えたことってありますでしょうか?

お客様からのお申し出なので、真摯に受け止めなくてはいけないのです。ここで「そんなの当たり前じゃん」と思った方、ココロの中で「嫌なら来なければいいのに」と思ったこと、一度も無いと言い切れますか? これは、少しでもそう思ったことがある方に向けての記事です。無いという方はブラウザバックしてください。

実を言うと、以前のボクはクレームが来る度に「嫌なら来るな!」と思っていました…。(もちろん口に出したことは一度もありませんよ!)

でも、クレーム対応の世界では「嫌なら来るな!」と言うのはあまり好ましくありません。それは一体なぜなのか。

「嫌なら来るな!」はブーメラン

「嫌なら来るな!」とは、自分に返ってくる言葉なのです。それはすなわち、お客様からすると「クレーム対応が嫌なら会社辞めれば?」と思われても仕方のないということです。

もちろんですね、「嫌なら来るな!」なんてお客様に向かって口にする人はいないと思いますが、もし口にすればそう返されてしまっても仕方がないということは自覚しておかなくてはいけません。

実際にそう言われてしまったらなんと言い返しますか? 「嫌なら来るな!」を正論だと思っていた人は特に反論し難いと思います。

「嫌なら来るな!」は真理なのか?

「こっちにはこっちのやり方がある。それが嫌なら来なければいいじゃん。お客様は神様じゃないんだから。」

このような反論を考えた方もいるかもしれませんね。確かに、第三者の視点で言うならばこれは一見真理に見えます。

しかし、上記を噛み砕いて言えば、

「うちは肉屋なのに魚を置けと言われてもそれはおかしい。魚は魚屋で買えよ。お客様は神様じゃない。なんでも主張ができると思ったら大間違いだ。こっちにはこっちのやり方がある。うちは何があっても魚は置かない。嫌なら来なくてもいい。」

ということになります。どうでしょうか。ピンと来た方いらっしゃるかもしれないですね。

これが第三者の発言であれば一つの意見として問題ないでしょう。ですが、当事者間で「嫌なら来るな!」と言ってしまうことは、相手を突っぱねることになるのです。これは、お客様の発言する権利を奪っていることにはならないでしょうか。

このように「嫌なら来るな!」とは、実は危険極まりない言葉なのです。だからこそ、容易に使うべきではないし、クレーム対応する上では思うことも好ましくありません。

拒否されてもお客様は困らない

もちろん会社側にも拒否する権利はあります。2014年にYouTubeに動画がアップされ話題になったファミリーマートの恫喝騒動をご存知でしょうか? この事件では、店員が「お前らは客じゃない!」と発言しました。ぼくもこの対応には無論賛成です。

ですが、これはお客様の仮面を被ったモンスタークレーマー(もはやお客様じゃない奴ら)に対しての発言だったから賛成できるのです。

こんなふうに書いてしまうと、モンスタークレーマー以外の入店拒否をしてはいけないのか? と思われてしまうかもしれませんが、状況によってはモンスタークレーマー以外のお客様を入店拒否しても良いでしょう。例えば、あまりにも服が汚れていて異臭を伴っているお客様を入店させると、他のお客様のご迷惑になりかねないので、丁寧にお断りすることもあります。

ただ、この拒否する権利の駆使は極めて危険なことだと自覚しておく必要があります。どういうことか。話を戻しますが、「嫌なら来るな!」は相手を突っぱねることだと書きましたね。万が一、クレーム対応の場面で、担当者がお客様に対してこの発言をしたとしても、他にお店がある限りお客様は困りません。上記のお肉屋さんの例で言うなら「魚は魚屋で買えばよい」のですから。

しかし突っぱねたお肉屋さんはどうでしょうか。お客様が一人減ったことになります。気に食わない要求をされる度に突っぱねますか? 近隣住民全員が主張しても突っぱねますか?

突っぱねることは、お店側の当然の権利です。悪いことではありません。ただ、その酷使はやがて自分の首を締める可能性があることを自覚しておき、発言するなら明確な理由に基づいて行うほうが良いでしょう。他にお店がある限りお客様は困らないのです。困るのは自分(会社)だけ。

お申し出は真摯に受け止めるべき

受け入れることと、受け止めることは違います。お客様の言うとおりにする(=受け入れる)必要は一切ありませんよ。

ですが、お客様の主張に対して理解(=受け止める)をし、その上で受け入れるのか、反論するのか。これはなるべくやった方が良いです。

受け止めるは、あくまで「そういう意見もあるのか」という理解を示すことです。受け入れるは、主張に従うことなので、意味が違います。

 

「嫌なら来るな!」と、ただ突っぱねて、お肉屋を続けるのか。

意見を受け入れて魚や野菜を置くスーパーに転換するのか。

意見を受け止めた上で、「うちは肉屋だからお肉で満足してもらう。そのために出来ることは何か?」と考えるのか…。

誤解が嫌なのでもう一度書きますが、突っぱねること(「嫌なら来るな!」と思うこと)は悪いことではありません。全て与えられた権利です。

ただ、行動次第で生死を分けることにもなり得る。お客様からのお申し出って、実はそれだけありがたいことなのです。

追記:改善によって、被害を被る人がいる?

上手くお伝えできていない気もしました。ですが、他の視点で考えてみることにします。
例えば、お客様のお申し出により肉屋が魚を売り始めたとして、肉の販売面積が小さくなることは、他のお客様が迷惑を被っているのではないか? というものです。でもそれは結局のところ、肉屋が生き抜くために決断したことで、正しいことです。
うまく説明できている気がしないので、別の例えをさせてください。あくまで例えの話です。テレビ局が韓流ドラマを流しすぎて視聴者から「韓流ドラマを流しすぎだ」とクレームがあったとしましょう。テレビ局はそれに対して「嫌なら見るな」と言いました。
それ以降、テレビ局にクレームが入ることはありませんでした。嫌なら見るなと言われたので、みんな見なくなったのです。視聴者は番組を見ないので意見を言う必要がありません。その後、どんどん視聴率は低下していきます。テレビ局は経営危機に陥りました。
嫌なら見るなとは「意見なんて言ってくるな!お前うちの番組見なくていいから」と言ってるも同然です。だから容易に発言するべきことではないのです。お客様は別のチャンネルを見れば良い話なのでそれほど困ってませんよね。困っているのはテレビ局だけです。
次はまた別の視点を考えましょう。
そしてテレビ局はついに重い腰を上げ、韓流ドラマからワイドショーへの転換を図りました。この時、韓流ドラマを見ていた人は被害を被ったのでしょうか?
嫌なら見るなとは「見たい人がいるから嫌な人は他のチャンネルを見てくれ」という考え方もできます。つまり、「見たい人まで巻き込んで番組を終わらせようとするな」という発言でもあるわけです。
ですから、ワイドショーへの転換を図られたということは、韓流ドラマファンは被害を被ったという言い方もできなくはないです。というか被ってますね。これ。
ただですね、いちばん重要なのは「生きること」。つまり、テレビ局で言うなら経営を安定させて放送を継続させることです。一部に配慮したって、潰れるだけです。ビジネスなんだからそれは避けなきゃならんのです。
だから潰れないためにも、見たい人、見たくない人の意見や時には割合や費用対効果などを算出して、生き残る方法を模索する必要があります。
「嫌なら見るな」とは、見たくない人の意見なんて必要ない! と言って、視聴者が意見を出すことを突っぱねる行為ですから、これでは自らが生き残れないだろう? という話です。
何度でも書きますが、受け入れると、受け止めるは違います。受け入れる必要はないですが、受け止める体制は整えておく必要があるでしょう。これがボクの主張です。