結局のところ、愚痴が原動力だと何がダメなのか。分かっているだろうか?

子供の頃は、この国の良いところとか、悪いところとかあまり気にしたことがなかった。

だけど僕も20歳を過ぎて、段々と良いところ、悪いところが見えるようになってきた。

僕は海外に行ったことがないので、日本のことしか知らない。ただ、日本のことは好きだし、良い国だと思っている。

でも、誇れる国か? と問われたら、胸を張って「誇れる」とは言えない。

ネガティブなニュースが溢れている

とにかくネガティブなニュースをよく見るようになった。今日見たのはこれ。

thepage.jp

技術職の新卒初任給の話です。ネット上にはいろんな意見があったけど、「日本の企業自身が労働力を下げた」というコメントを見た時、思わず納得してしまった。

この方が書いた「日本の企業」の範囲がどこまでなのかは分からない。経営者だけの話をしているかもしれない。

確かに日本の経営者自身が労働の質を下げてしまったというのは確かだろう。ただ僕は、労働者も含めての企業自身が労働力を下げたと思う。

何がいいたいのかというと、「結局、不満はあるけど今のままで良いと思ってるんでしょ?」ということ。

なんだかんだで今が楽

労働時間が長い、給料も低い、残業代が出ないとか、色々不満点はあるけれど、転職すれば今より給料が低くなるかもしれないし、歳下の上司が居るのが嫌だし、部下が居ないのも嫌だとか、環境が変化することのほうが嫌なのだ。

だから、企業の不満や愚痴を言って嫌な気持ちが紛れるのならそれでいい。

こういう考えの人が圧倒的に多すぎて、日本の労働環境はどんどん悪くなっていったんだろうな、と、最近ひしひしと感じている。

労働環境の悪さと労働力は直結する。まともな睡眠時間が取れない、給料が低くてモチベーションが出ない状況で、労働力が上がるか? 上がらないだろう。

今の労働環境の悪さを経営者のせいにすることは簡単にできる。でも、悪徳経営者の所業を許してしまっている労働者にも原因はあるはず。これを許している間は、労働環境が劇的に良くなることなど無いだろう。

そういう意味では良くも悪くも日本国民全体で作り上げた”一番楽な社会”なんだろう。不満はあるけど、許容範囲。愚痴を言えば嫌な気持ちも紛れるからね。でも、愚痴が原動力のままでは誇れる国には成り得ない。

誇りを持てるようになるには?

僕自身、アクションを起こさず嫌な気持ちを愚痴で紛らわせているだけの時があるけれど、こういうところを改めていかないと、一生このままなんだろうな、と日々痛感しています。

少なくとも、アクションを起こせるようになれば誇りを持てるようになると思う。