日本を滅ぼす晒し文化の危険性

最近、あまりにも酷い煽り運転が増えてますよね。

いや、むしろ昔からあって、ドライブレコーダーの普及によって、夜に知れ渡るようになっただけかもしれないけど。

大学生の方が煽り運転によって命を落とされたあの痛ましい事故は、実は事故ではなく、紛れもない殺人”事件”であったように、ドライブレコーダーがなければ単なる危険運転致死傷罪になっていたかもしれないというのは恐ろしい話です。

だから、ドライブレコーダーは普及して当然だと思うし、むしろそろそろ義務化の話が出てきても不思議じゃない時代になっているのかもしれないですね。

とはいえ、自分が被害者だからといって、TwitterやYouTubeといったネット上に加害者を晒し上げる文化に、僕は全力で反対したいです。

モザイク無しはただの仕返しとしか思えない

モザイク無しで加害者を晒している動画は、被害者側の仕返しとしか思いません。

視聴者への注意喚起が目的であれば、モザイクをつければいい話ですし、モザイク加工する動画編集技術がないとしても、動画を公開しなければいいだけの話ですから。

顔やナンバープレートまで公開すると、加害者個人が特定されてしまう恐れがあります。

感情的に言えば「犯罪者なんだから不利益を被って当然」「因果応報」とは思います。が、日本は法治国家であり、先進国。人によって考えることは異なります。

感情論では議論は進まないので、論理的に考えなければなりません。そうすると、最終的な処分は、裁判所が下すべきことなので、仕返し目的で加害者を晒すなど、やるべきではないですね。

そりゃ、被害を受けたほうは仕返ししたくなる気持ちは分かります。

でもここは、一旦落ち着いて、司法に委ねましょう。

仕返しをすればするほど、それが悪質であれば悪質であるほど、不利になる可能性が高まります。被害者だったのに、いつの間にか自分も加害者になっていた――なんて、嫌ですよね?

リツイートも要注意! それ、マスコミ同様、切り抜きされた情報では?

マスコミはニュースなどで、都合の良いように切り抜きをする――という話はよく聞きますが、それはTwitterでの被害報告も同じです。

例えば煽り運転の被害にあった動画がアップされていたとして、動画を公開した本人が最初に悪事を働いている可能性だって、十分に有り得る話じゃないですか。

どっちが悪いかなんて、その場に居ない、ドライブレコーダーを最初からすべて確認しない限り分かりません。

もちろん、煽り返しであれば、両方悪いですし、少なくとも被害者側が載せた情報だけでは過失割合なんて、判断できないのです。

だからこそ、最終的な判断は司法に任せるべきなのです。

顔やナンバープレートが加工なしに写り込んだ動画をリツイートする行為は、犯罪に一歩足を踏み入れているかもしれない危険な行為です。

「犯罪者は晒されるべき!」という、陳腐な正義心は捨てて、感情論ではなく論理的に考えられるように、行動できるようになりましょう。

晒し文化を容認する。それは明日、自分の身に起きても文句を言えないということ

今のような世の中では、明日、自分が晒される身になってもおかしくないですよ。

ほんの少しミスを犯しただけで、切り抜かれ、誇張され、大きな過失があるように編集される。それをネット上に公開されたとき、あなたは「原因を作ったのは自分だから仕方ない」と割り切れますか?

割り切れないですよね、きっと。それならば、そういう可能性のある情報を安易にRTしないようにしましょうよ。

前後の状況が分からないのに、一部の出来事だけが公開された情報をRTする人、あまりにも多くて、ちょっと危機を感じています。