不幸だと思うほど幸せに気付けなくなる悪循環

不幸と思わざる得ない出来事が続いているのですが、それでも極力、不幸だと思わないように最近は気をつけています。

ちょっと前まで、「不幸なら不幸だと、いっそのこと認めてしまう方が楽だ」と思ってました(というより、今でも)。

それでも、不幸だと思わないように気をつける理由。それは、不幸だと思ったら幸せには気付けなくなってしまうからです。

これは昔のボクの話ですが、ボクの誕生日より一足先に友人が誕生日を迎えました。なんと友人はプレゼントを10個も貰ったというのです。この時、素直に「いいなぁ!羨ましいなぁ!」と思っているだけでしたが、問題はその後。遅れること、僕も誕生日を迎えたのですが、貰えたプレゼントは一つ。当時のボクは「ボクはなんて不幸なんだ…恵まれていないのだ…」と、思っていました。

なんとか自分の惨めさを紛らわすために、「0個よりはマシだ!」とか、「みんなこんなもん。あの子が恵まれているだけだ」と考えるようにして不幸な自分を受け入れる努力をしましたが、今考えると、これはなんとも残念なことでした。

だって、プレゼントを確かに一つ頂いているのに、その幸せに気付けないんですよ? 今思うと、恥ずかしい限り。プレゼントをくれた人の気持ちを踏みにじる考え方でした。

ボクに喜んで欲しい。きっとそう思ってプレゼントをくれたのに、ボクは素直に喜ぶことができなかった。今、本当に過去の自分を恥じています。

小さな幸せに気付けない限り、永遠に不幸のまま。

最近はようやく、不幸だと思うと幸せに気付けなくなる悪循環に気付いたので、不幸だと思わないよう気をつけるようになりました。

こういう考え方をしてから思うようになったのは、幸せってのは引き寄せるものでもなく、生み出すものでもないということ。幸せとは、本来周りにあるものなんでしょうね。

結局は、それに気付くか気付かないかで幸せにもなるし不幸にもなる。

プレゼントを10個貰っている友人も、もしかしたら100個貰っている人を見て、自分は不幸だと思っているかもしれない。でも、そうだとしたら本当に残念なことですよね。

だからもし、今の自分が不幸だと思っている人がいたら、ボクは伝えたい。小さな幸せに気付くためにも、自分が不幸だと思うのはもうやめましょう、と。